現在も写真が残っている歴史上の有名人の顔が意外!?

世界で初めてとなる写真、少なくとも現存する最古の写真は、1826年または1827年にジョゼフ・ニセフォール・ニエプスが撮影したものです。

つまり、人類の壮大な歴史のうち、人や出来事を撮影できたのはほんの数百年間でしかなく、歴史上の有名な人物らが実際にどんな姿をしていたのかについてはまったく分かっていません。今回はこのカメラ技術が発明されて以降、写真に残っている著名人をご紹介しましょう!

ジョン・クィンジー・アダムズ

Picture of Adams
ullstein bild/ullstein bild via Getty Images
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ジョン・クィンジー・アダムズは、アメリカ合衆国第2代大統領ジョン・アダムズの長男として1767年7月11日に生まれ、弁護士としてキャリアをスタートさせ、後に外交官として各国に赴き、上下両院で議員を務めました。

1825年、民主共和党から第6代大統領に選ばれましたが、後の1830年代にはホイッグ党に所属しています。

チャールズ・ダーウィン

Picture of Charles Darwin
Historical Picture Archive/CORBIS/Corbis via Getty Images
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チャールズ・ダーウィンは歴史上最も著名な博物学者の一人で、あらゆる種が共通の祖先から長い時間をかけて進化したと最初に唱えた人の一人です。

ダーウィンは、進化に関する発見を1859年の著書「種の起源」で発表しました。当時、この進化論は他の科学者や宗教団体から広く批判的に受け取られましたが、今日では自然淘汰の結果として進化が起こったというダーウィンの仮説は、現代科学の基盤となっています。

アンドリュー・ジャクソン

Picture of Andrew Jackson
Universal History Archive/Universal Images Group via Getty Images
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独立戦争以前、アンドリュー・ジャクソンは辺境地の弁護士を務めた後、上下両院で議員を務め、テネシー州最高裁判所の裁判官に選出されました。

また、ジャクソンはクリーク戦争や第二次独立戦争、第一次セミノール戦争で兵を率いた指揮官としても有名でした。1824年、大統領選に出馬しましたが、ジョン・クィンジー・アダムズに敗れています。ジャクソンは民主党を結成し1828年に再び大統領選に出馬すると、宿敵アダムズを打ち破って第7代大統領となりました。

初代ウェリントン公爵、アーサー・ウェルズリー

Picture of The Duke Of Wellington
RevelationAnimations/Reddit
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アーサー・ウェルズリーは19世紀のイギリスにおける軍人でもあり、政治家でもありました。イギリス系アイルランド人の軍人として、2度にわたって首相を務め、ワーテルローの戦いではナポレオンを破ったことで知られています。

優位と思われていた敵軍を前に、自軍の損失を最小限にとどめながら何度も勝利をおさめたウェルズリーは、歴史上、最も優れたイギリスの戦術家の一人として知られています。ナポレオンとの戦いに勝利したことで国民的英雄となり、1814年、初代ウェリントン公爵に叙されました。

フィンセント・ファン・ゴッホ

Picture of Vincent van Gogh
Forrest724/Reddit
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フィンセント・ファン・ゴッホは、わずか10年間で2,000点以上の作品を完成させたことで知られる19世紀のオランダの後期印象派の画家です。近代美術の先駆者の一人とされていますが、生前にはあまり注目されていませんでした。

しかしその死後、西洋美術史上最大の影響力のある画家として知られるようになりました。不幸にも、フィンセント・ファン・ゴッホは1890年に自殺するまで、精神病エピソードや妄想に悩まされていました。

フレデリック・ダグラス

Picture of Frederick Douglass
Universal History Archive/Universal Images Group via Getty Images
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フレデリック・ダグラスは19世紀の政治指導者で、奴隷廃止論を唱えた革命家でもありました。メリーランド州の奴隷制度からなんとか逃げ出した後、マサチューセッツ州とニューヨーク州において、奴隷廃止運動のリーダーとなりました。

当時、アフリカ系アメリカ人は自立したアメリカ市民になる能力が欠けていると考えられていましたが、これに真っ向から反対し、多くの北部出身者はかつては奴隷だった(つまり教養などあるはずもないと思われていた)ダグラスの知性と影響力に驚いたと言われています。晩年、本人には知らされていませんでしたが、アフリカ系アメリカ人として初めてアメリカ合衆国の副大統領に指名されました。

マーティン・ヴァン・ビューレン

Picture of Martin Van Buren
Brady-Handy Studio/Library of Congress/Corbis/VCG via Getty Images
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マーティン・ヴァン・ビューレンは、民主党の主要な設立者の一人だと考えられています。政治家としては、ニューヨーク州知事、第10代国務長官、第8代アメリカ合衆国大統領を歴任しました。

アンドリュー・ジャクソンの支持を受け、マーティン・ヴァン・ビューレンは1836年の大統領選挙で勝利しましたが、1840年の再選ではウィリアム・ヘンリー・ハリソンに敗退、さらに1848年、自由土地党から大統領候補として出馬しましたが、得票数第三位で落選しています。

ハリエット・ビーチャー・ストウ

Picture of Stowe
Universal History Archive/UIG/Getty Images
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ハリエット・ビーチャー・ストウは奴隷廃止論者で『アンクル・トムの小屋』の作者としても知られています。この作品は、アメリカにおける奴隷の過酷な扱いを浮き彫りにし、国際的にも評価を得ていますが、当時は特に北部の人々に奴隷制度廃止を呼びかけるために使われました。

ストウは生涯で30冊の著書を残していますが、その多くは当時の社会問題とそれに対する彼女の姿勢をよく表しています。今日、ストウの作品の影響力は大きいと評価されています。

アニー・オークレイ

Picture of Annie Oakley
White/Underwood Archives/Getty Images
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アニー・オークレイとして知られる本名フィービー・アン・モーゼズは射撃の名手で、バッファロー・ビルのワイルド・ウェスト・ショーに出演し、センセーションを巻き起こしました。オークレイは貧する家族を狩猟することで養うため、幼い頃から銃の腕を磨いていました。

15歳のとき射撃コンテストで優勝し、1885年バッファロー・ビルのショーに参加して世間の注目を集めました。ショーの出演者ではバッファロー・ビルに次いで最も高い収入を稼いでいました。

ハリエット・タブマン

Picture of Harriet Tubman
Ann Ronan Pictures/Print Collector/Getty Images
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秘密結社「地下鉄道」と密に繋がっていたハリエット・タブマンは、奴隷として生まれましたが、後に逃亡し、他の奴隷を自由にする活動を熱心に行いました。

今では「地下鉄道」と呼ばれる奴隷解放運動主義者らからなる組織の助けを借りて、70人以上の奴隷を助けるべく、自ら13回に及ぶ任務を行いました。さらに南北戦争が勃発すると、タブマンは北軍のためにスパイや斥候を務め、自由のために戦い続けました。

レフ・トルストイ

Picture of Leo Tolstoy
Universal History Archive/Getty Images
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レフ・ニコラエヴィチ・トルストイは、英語ではレオ・トルストイとして知られていますが、19世紀から20世紀初頭にかけて活躍したロシアの文豪です。若いころから作家として成功し、歴史上最も偉大な人物の一人とみなされています。

1902年~1906年の間、1901年と1902年に、ノーベル文学賞にノミネートされ、1909年にはノーベル平和賞にノミネートされています。代表作に、『アンナ・カレーニナ』、『戦争と平和』、『イワン・イリイリの死』などがあります。

サミュエル・ウィルソン、『アンクル・サム』

Picture of Uncle Sam
Unknown/Wikipedia Commons
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アンクル・サムは1812年の戦争中に、アメリカ政府と文化の象徴として初めて使われました。一般的にキャラクターのアンクル・サムは、シルクハットをかぶった白髪の男性で、白いあごひげをたくわえ、星条旗などを意匠化した服装をしています。

1812年の年の戦争で、食肉業を営んでいたサミュエル・ウィルソンという人物がモデルとなったという説もあります。軍に提供した肉の樽にはアメリカを意味する「U.S.」と刻印されていましたが、これを「アンクル・サム(Uncle Sam)」の略だと冗談を言う人もいたようです。

ブッチ・キャシディ

Picture of Butch Cassidy
Jonathan Blair/Corbis via Getty Images
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ブッチ・キャシディことロバート・ルロイ・パーカーは、西部開拓時代の悪名高い列車強盗でした。強盗団「ワイルド・バンチ」を結成して犯罪行為を繰り返しましたが、後にパートナーの「サンダンス・キッド」ことアロンゾ・ロンガボーや、エッタ・プレースと共に国外に逃亡することとなりました。

キャシディとサンダンス・キッドは1908年にボリビア軍との銃撃戦で殺害されたと考えられています。今日では、キャシディは西部開拓時代の象徴だとみなされています。

ライト兄弟

Picture of the Wright Brothers
API/Gamma-Rapho via Getty Images
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ウィルバーとオーヴィル・ライトの2人は、オハイオ州デイトンに構えた店舗でさまざまな機器に触れ、メカニックとしての経験を積みました。その後、兄弟は初めて動力飛行機の設計、製造に成功しています。

1903年12月17日、ノースカロライナ州キティホークにてライトフライヤー号で初めて有人動力飛行が成功しました。人間を空中に送り出すことに成功したばかりか、ライト兄弟は固定翼の動力飛行を可能にした航空機制御を発明したことでも知られています。

ヘレン・ケラー

Picture of Helen Keller
Library of Congress/Corbis/VCG via Getty Images
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ヘレン・ケラーはわずか1歳半で、病気のために視力と聴力を失いました。子どものころに教師であり、生涯の友人となるアン・サリバンと出会います。サリバンはヘレン・ケラーに読み書きと、言葉を使った意思疎通することを教えました。

20歳で、ラドクリフ・カレッジ(現:ハーバード大学)に入学し、学士号を取得した初めての盲ろう者となりました。14冊の著書に加えて、数え切れないほどのスピーチやエッセイを執筆したほか、女性の権利や労働者の権利、障害者の権利について熱心に活動を行いました。

ビリー・ザ・キッド

Picture of Billy The Kid
Streuff/ullstein bild via Getty Images
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ビリー・ザ・キッドことヘンリー・マッカーティは15歳で孤児になった後、10代で犯罪に手を染め、西部開拓時代の無法者となりました。成人するまでに「ビリー・ザ・キッド」と呼ばれ、刑務所を脱走したことから連邦政府に指名手配されていました。

若い頃、ニューメキシコのリンカーン郡戦争で3名の男性を射殺した容疑がかけられ、21歳で射殺されるまでに、8人を殺したと言われています。

カラミティ・ジェーン

Picture of Calamity Jane
Underwood Archives/Getty Images
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西部開拓時代の伝説的人物、カラミティ・ジェーン(本名マーサ・ジェーン・カナリー)は女性ガンマンで、ワイルド・ビル・ヒコックと親しかったとして知られています。この友情が縁となって後にバッファロー・ビルのワイルド・ウェスト・ショーに出演することとなったのです。

カラミティ・ジェーンは非常に情け深い一方で、しょっちゅう男装をして荒っぽいタイプの女性だったことから、独特な性格だったと考えられています。西部開拓時代の中でもカラミティ・ジェーンの名前は特に有名でした。

ジョージ・アームストロング・カスター

Picture of George Custer
Photo12/Universal Images Group via Getty Images
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ジョージ・アームストロング・カスターは、1861年にウェスト・ポイントをクラス最下位の成績で卒業した陸軍士官でしたが、南北戦争中に立派な指導者であることを証明して見せると、23歳の若さで義勇軍准将へと昇進しました。

南北戦争で武勇を示した後、インディアン戦争にも参加しています。この戦争において、1876年6月25日にカスターは第7騎兵隊を率いていましたが、インディアン同盟部族らによって、現在「カスター将軍の最後の戦い」として知られるリトルビッグホーンで5中隊と共に殺害されました。

ジェロニモ

Picture of Geronimo
CORBIS/Corbis via Getty Images
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アパッチ語の本名は「あくびをする人」という意味のジェロニモと呼ばれた男は、アパッチ族ベドンコヘ・バンドの血を引く酋長で、かつシャーマンでもありました。ジェロニモは、アメリカ・メキシコ戦争の後、アメリカ人がアパッチ族の土地を脅かしてきたために起こった対白人抵抗戦に身を投じ、メキシコ軍やアメリカ軍に対する襲撃を複数回にわたり指揮し、恐れられ尊敬されていました。

ジェロニモは何度もインディアン保留地を抜け出していましたが、やがて捕らえられ、人間動物園などで展示され、生涯虜囚として扱われました。

エイブラハム・リンカーン

Picture of Abraham Lincoln
CORBIS/Corbis via Getty Images
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エイブラハム・リンカーンは、弁護士、イリノイ州議員、下院議員、ホイッグ党党首を経て、アメリカ合衆国第16代大統領となりました。1860年に大統領選で勝利した後、奴隷制支持派の州が連邦から脱退し始め、南北戦争が始まりました。

その後リンカーンは南北戦争で国を率い、1865年に暗殺されるまで連邦を維持しました。今日に至るまで、リンカーンは歴代最高の大統領の一人だと考えられています。

ダニエル・F・ベイクマン

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Wikimedia Commons
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ダニエル・F・ベイクマンは、アメリカの独立戦争でアメリカ大陸軍として従軍し、退役軍人年金基金を受け取った最後の生存者でした。独立戦争の最後の4年間、ベイクマンはトライオン軍民兵の私兵として戦ったと伝えられています。

独立戦争後、スーザン・ブリューワーと結婚し、8人の子どもに恵まれたと言われています。

ジョン・タイラー

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ジョン・タイラーは、ウィリアム・ヘンリー・ハリソン大統領の下で副大統領を務めましたが、1841年にハリソン大統領が死去したことに伴い、1841年~1845年まで政権のトップを務めました。

残念ながら、学者の中にはタイラーの政治を評価する人がいるにもかかわらず、歴史家の多くはその功績をあまり評価していません。

エミリー・ディキンソン

Emily Dickinson.
Universal History Archive/UIG via Getty images
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著名なアメリカの詩人エミリー・ディキンソンは、1830年から1886年までの生涯の中で1,800篇もの作品を残しました。残念ながら、ディキンソンの生前に出版されたのは、わずか10篇の詩と、1通の手紙だけでした。

ディキンソンの詩は、一行が短く、タイトルをつけず、不完全韻を踏むなど、当時の他の詩人の作品とは異なり、風変わりだとして知られています。

フランクリン・ピアース

Portrait Of President Franklin Pierce
Bettmann/Getty Images
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1804年に生まれたフランクリン・ピアースは、1853年の選挙で勝利をおさめ、アメリカ合衆国第14代大統領となりました。残念ながら、在任中にピアースがとった政策の多くが1861年の南北戦争に繋がりました。

ピアースは非常に社交的でしたが、歴史学者や学者らの評価は低く、アメリカ史上最悪かつ、印象に残らないの大統領の一人だと言われています。

シルヴィア・プラス

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Bettmann/Getty Images
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アメリカの詩人シルヴィア・プラスは、生涯に多くの詩、小説、短編集を生み出しました。代表作には、『ベル・ジャー』と2冊の詩集『エアリエル』と『コロッサス』があります。

1963年に自殺しましたが、没後1982年にピューリッツァー賞が追贈されています。

ロバート・E・リー

Portrait of General Robert E. Lee, CSA
Buyenlarge/Getty Images
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ロバート・E・リーは、南北戦争中の南部連合国の将軍として最も知られています。南北戦争中に高く評価され、アメリカ史上屈指の名将と言われています。

後にワシントン大学の学長に就き、現在同大学はワシントン&リー大学と改名されています。

マリ・キュリー

Marie Curie
Bettmann/Getty Images
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マリ・キュリーは卓越した物理学者・化学者で、放射能に関する先駆的な研究を行いました。放射能という用語は、キュリーが研究室で発案したものです。

1867年に生まれ、キュリーは女性として初めてノーベル賞を受賞しました。後に、再び同賞を受賞し、ノーベル賞を2度受賞した最初の人物にもなりました。

イカボット・クレーン

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イカボット・クレーン大佐は、アメリカ陸軍と海兵隊に合わせて48年間も勤務した職業軍人でした。1787年に生まれ、米英戦争(1812)をはじめ、パトリオット戦争、ブラック・ホーク戦争と多くの戦いに参加しました。

もしかすると、ワシントン・アーヴィングの小説『スリーピー・ホロウの伝説』の主人公のとして知っている人も多いかもしれません。

シアトル酋長

Chief-Seattle
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シアトルは1786年に生まれ、スクアミシュ族とドワミシュ族の酋長でした。シアトルはワシントン州にやってきた入植者、特にアメリカの開拓者だったデビッド・ドック・メイナードと親交を持ったインディアン酋長として知られています。

シアトル酋長が平和的な関係を築いていたことから、現在のシアトル市はシアトル酋長の名にちなんで名づけられました。

レフ・トルストイ

Portrait Of Count Leo Tolstoy
Bettmann/Getty Images
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ロシア人作家レフ・トルストイは、ロシア文学を代表する作品を多く残しています。『戦争と平和』、『アンナ・カレーニナ』の他、三部作『幼年時代』、『少年時代』、『青春』などが挙げられます。

ノーベル賞を受賞することはありませんでしたが、文学賞と平和賞に3度ノミネートされました。

フィンセント・ファン・ゴッホ

Portrait Of Vincent Van Gogh
Fine Art Images/Heritage Images/Getty Images
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オランダのポスト印象派画家フィンセント・ファン・ゴッホは、西洋美術史において間違いなく最も影響力のある画家の一人です。2,100点を超える作品を通じて、大胆な色彩や表現豊かな筆遣いは現代美術の礎となりました。

代表作に『星月夜』、『アルルの病院の中庭』『糸杉と星の見える道』などがあります。

コンラッド・ヘイヤー

Conrad_Heyer_(1852)
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コンラッド・ヘイヤーは、1749年に生まれた農民でしたが、アメリカ独立戦争に参加しました。おそらく写真を撮られた人物の中でも最も古い人だと言われています。

アメリカ独立戦争中ジョージ・ワシントン将軍の指揮下で戦い、1776年12月にはかの有名なトレントンの戦いに参加しました。106歳で長い生涯を終えています。

ジェームズ・K・ポーク

James K Polk 11th President Of The United States Of America (1901)
Historica Graphica Collection/Heritage Images/Getty Images
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ジェームズ・K・ポークは、アメリカ合衆国第11代大統領で、1期のみ務めると約束し、再出馬しなかった初めての大統領でした。アメリカ・メキシコ戦争に勝利して領土を拡大し、行政機関を強化し、関税を下げたことで知られています。

歴史学者や学者らは、ポークをその課題達成能力から好意的に評価しています。

ジョン・「ジョニー・アップルシード」・チャップマン

Johnny_Appleseed_photograph
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ジョニー・アップルシードとして知られるジョン・チャップマンは、アメリカ合衆国初期の開拓者の一人でした。アメリカ中を回って、ペンシルベニア州、オハイオ州、イリノイ州、インディアナ州、ウェストバージニア州、さらにはカナダのオンタリオ州など、さまざまな入植地にリンゴの種を植えて回りました。

環境保護を実践する親切な指導者だったジョニー・アップルシードは、当時でさえも伝説的な存在でした。

ハリエット・ビーチャー・ストウ

Harriet Beecher Stowe
Hulton-Deutsch Collection/CORBIS/Corbis via Getty Images
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作家で、奴隷制度廃止論者だったハリエット・ビーチャー・ストウは、1852年に出版された有名な小説『アンクル・トムの小屋』でよく知られています。この小説は、当時のアメリカの生活を描写したもので、奴隷制に反対する北部を鼓舞し、奴隷制を維持しようとする南部には批判的に受け止められました。

ストウはその生涯で、30冊の本と3冊の旅行記を残しています。

ジェファーソン・デイヴィス

Jefferson Davis
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政治家ジェファーソン・デイヴィスは、1861年~1865年に南北戦争の際に分離、独立したアメリカ連合国の大統領だったとして最もよく知られています。しかし、これだけではありませんでした。

デイヴィスはアメリカ・メキシコ戦争で戦った後、ミシシッピ州の上院議員を務め、さらにはフランクリン・ピアース大統領の下で戦争長官(後の陸軍長官)に就任しています。

ジョン・ハーシェル卿

John Herschel
Hulton Archive/Getty Images
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ジョン・ハーシェル卿は多才な人でした。数学者であり、発明家であり、化学者であり、当時の写真技術の研究者でもあり、天文学者でもありました。初めて青写真を発明した人でもあります。

天文学では、父親であるウィリアム・ハーシェル卿が発見した天王星の周りを公転する4つの衛星と、土星の7つの衛星に名前をつけたことでも知られています。

ブッチ・キャシディ

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1866年に生まれたブッチ・キャシディは、悪名高い列車・銀行強盗ですが、西部開拓時代に西部一帯で「ワイルド・バンチ」として知られる強盗団を結成し、10年以上にわたって西部一帯に大損害を与えました。

最終的には警察に追われ、キャシディはパートナーの「サンダンス・キッド」ことハリー・アロンゾ・ロンガボーと、ロンガボーの彼女エッタ・プレースと共に国外に逃亡することとなりました。

グレゴリー・エフィモヴィチ・ラスプーチン

Rasputin
Hulton Archive/Getty Images
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グレゴリー・エフィモヴィチ・ラスプーチンは、帝政ロシアの祈祷僧でしたが、ニコライ2世をはじめ、ロマノフ家の信頼を得るまでになりました。しかし、結局のところはそれを裏切ることとなったのです。

1997年に公開された映画『アナスタシア』をはじめ、ラスプーチンをモデルにしたさまざまな小説や映画が存在しています。

アーネスト・ヘミングウェイ

Ernest Hemingway
Bettmann/Getty Images
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1899年に生まれたアメリカの小説家アーネスト・ヘミングウェイは、今や名作とも言われる小説をいくつも出版し、20世紀の文学に非常に強い影響を与えました。

代表作には、『老人と海』、『武器よさらば』、『誰がために鐘は鳴る』などがありますが、今ではアメリカ文学の古典と考えられています。

大公女アナスタシア・ニコラエヴナ

Family of Tsar Nicholas II of Russia
Laski Diffusion/Getty Images
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1901年に生まれた大公女アナスタシア・ニコラエヴナは、帝政ロシアの最後の皇帝ニコライ2世とアレクサンドラ・フョードロヴナの第4皇女でした。

宮殿を包囲していた時にアナスタシアだけは逃亡したという噂もあったものの、1918年7月17日の夜、家族とともに殺害されました。

ジョン・クィンジー・アダムズ

John Quincy Adams
Henry Guttmann/Hulton Archive/Getty Images
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ジョン・クインジー・アダムズは、アメリカ合衆国建国の父の1人で、元大統領だったジョン・アダムズとアビゲイル・スミスとの間に生まれました。ジョン・クインジー・アダムズはやがて父親同様、政治家となり、1825年3月4日~1829年3月4日までアメリカ合衆国の第6代大統領になりました。

歴史学者らの多くは、アダムズは大統領としては可もなく不可もなく、と評価しています。

エドヴァルド・ムンク

Edvard Munch
APIC/Getty Images
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ノルウェー人画家エドヴァルド・ムンクは、1893年に有名な作品『叫び』が発表された時に特に多くの人から精神疾患を患っていると思われていました。実際、ムンクは多くの作品にみられるように、不安症や幻覚症状に苦しんでいました。

ムンクは「自身の状態が狂気に近づいている」ことを認識し、1908年、精神病院に入院しています。

チャールズ・ディケンズ

Charles Dickens
Rischgitz/Getty Images
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イギリスの作家チャールズ・ディケンズは、『大いなる遺産』、『二都物語』、『オリバー・ツイスト』など、今日でも人々に楽しまれている多くの古典小説を書きました。なかでも、『オリバー・ツイスト』は舞台化されたり、映画化されたりしています。

残念ながら、ディケンズは生涯にわたって重度のうつ病と双極性障害に苦しんでいたと言われています。1870年、58歳で死去。

ニコラ・テスラ

Nikola Tesla
Roger Viollet via Getty Images
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ニコラ・テスラはセルビア系アメリカ人の発明家で、未来学者でもあり、エンジニアでもありました。当時においても偉大な頭脳を持つ人物の1人と評されていましたが、さまざまな精神障害に悩まされていました。

テスラの両親にも精神障害があったと言われていますが、テスラ自身、毎度食事の度に白い手袋をはめなければならないほどOCD(強迫神経症)に苦しんでいたとも言われています。

ジャック・ケルアック

Close-up of Jack Kerouac, ca. 1958
Bettmann/Getty Images
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アメリカの小説家ジャック・ケルアックの最初の小説『海は私の兄である』は、彼の死後40年も経ってから出版されましたが、存命中には1950年に出版された『ザ・タウン・アンド・ザ・シティ』で、広く知られるようになっていました。

ケルアックはボブ・ディランなど多くの偉大なアーティストらに影響を与えたと言われています。

セオドア・ルーズベルト

Theodore Roosevelt
Bettmann/Getty Images
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セオドア・ルーズベルトは1858年に生まれ、アメリカ合衆国第26代大統領になりました。大統領在任中、ルーズベルトは進歩主義運動を推し進め、「スクエア・ディール」などの国内政策を掲げ、多くのことを成し遂げました。

学者や歴史学者らは、テディ・ルーズベルトは歴代アメリカ合衆国大統領ランキングにおいて、上位5位に入ると評価しています。

ユリシーズ・S・グラント

Portrait Of Ulysses Grant
Stock Montage/Getty Images
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アメリカ合衆国第18代大統領になる前、ユリシーズ・グラントは南北戦争で北軍を率いた将軍でした。歴史上最も偉大な将軍の一人として知られており、一時は陸軍長官まで務めました。

グラント元大統領の功績の1つには、大統領職を終えた後に世界中を旅行した初めての大統領となったことが挙げられます。

ルイス・キャロル

Lewis Carroll
Oscar Gustav Rejlander/Hulton Archive/Getty Images
Oscar Gustav Rejlander/Hulton Archive/Getty Images

ルイス・キャロルは『不思議の国のアリス』、『鏡の国のアリス』、『アリスがそこで見つけたもの』など、驚くべき物語を次々と世に生み出しました。

1832年生まれのイギリス人作家には吃音があり、コンプレックスとなっていましたが、これが後に物語に出てくるドードー鳥の誕生へと繋がっています。