年齢と共に変化が激しい有名人の現在とは?

人生とは、誰にとっても苦難なものです。あなたは、スクリーンに初めて登場した時の有名人を覚えているでしょうか?我々と同じようにお金や名声があっても、彼らの人生だって大変です。これらの有名人達は、我々と同じように歳をとり、絶頂期と比べてそれほど人気でなくなった有名人です。年のとり方は人はそれぞれですが、歳による衰えにも関わらず、未だに成功したキャリアを持ち続けている有名人も多くいます。

そう、歳と才能は関係ないのです。ヴァル・キルマーは、体重も増えビッグスクリーンから姿を見なくなり、ジョニー・デップの株は年と共に下落していきました。(ひどい歯と共に)へと変わっていきました。ここでは、今ではその見る影もないほど、歳をとったスター達を紹介します。

ヴァル・キルマー、超かっこいい

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Paramount/Getty Images
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ヴァル・キルマーは、舞台から始まり、映画のスターへと移行していきました。彼の最初のスクリーン上での役は、1993年のABCアフタースクールで、若かりしミシェール・ファイファーと共演したものです。彼は、1990年代半ばまでの10年の間に、トップガンで、トム・クルーズとも共演しました。ヴァル・キルマーは、とてもセクシーな俳優として有名になりました。

彼のピークは、1980年代の人気者であったINXSのマイケル・ハッチェンスと一緒にオリバー・スト―ンの大ヒット作のバンドのザ・ドアーズのジム・モリスを演じたことです。また、デ・二―ロとパチーノと共演したヒートでのヴァルの役は彼の作品の中でも代表作でしょう。

ヴァル・キルマーの今

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EuropaNewswire/Gado/Getty Images
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長年の歳月でヴァルの腰のあたりも緩くなり、体重も増え、大きくなっています。彼は、そのサイズ以前に、スクリーン上から姿を消しました。しかし、長年の体重増加の後、一気にダイエットしてファンを驚かせました。ツイッターでは、74キロまで落としたことを報告しました。しかし、だからと言って、ヴァルのキャリアが終わったわけではありません。

実際、シティズン・トゥエインという、自作自演の舞台を行っています。2012年には、スポークン・ワード・ワークでグラミー賞も受賞しました。トップガン続編の製作のうわさも、絶好機時代に戻る勇気づけになっているはずです。

サリー・ストゥルーサーズ、超セクシー

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Art Zelin/Getty Images
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サリー・ストゥルーサーズは、ノーマン・リアーズのシットコムの草分け的な”オール・イン・ザ・ファミリー”で、エディスとアーチ―・バンカーの娘であるグロリア・スティビックを演じたことで大ブレークしました。パイロットのエピソードでは、キャンディス・アザラが元々グロリアを演じていたため、サリーは、まさか自分がこの役を演じるとは思ってもいませんでした。

サリーが選ばれたことで、キャンディスは、このショーを去っていきました。ストゥルーサーズ演じるグロリアは、自我の強い、横柄は父親と対峙するために、金髪のポニーテールで生意気な態度をとる娘として知られていました。それ以来、サリーは、すべてが順調に進み、彼女は、アメリカンTVの最も愛されたタレントの一人となりました。

サリー・ストゥルーサーズの今

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Jason LaVeris/FilmMagic
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歳月は誰にでも容赦なく振りかかりますが、サリーには特に、厳しく振りかかっているようです。サリーは、長年、クリスチャン・チルドレンファンド(現在は、チャイルドファンド)の宣伝者として働いています。それは、発展途上国の国で苦しんでいる子供たちを支援しています。サリーは、2014年の50周年記念のミュージカルの”ハロー・ドリー”のドリーを演じました。ストゥルーサーズは、テレビのサウス・パークのあるエピソードに出ていた“スタービン・マービン”と言う名前のおなかを空かせた子供で、2度皮肉られたことがあります。

このジョークは、おなかを空かせている子供たちを支援しているにもかかわらず、自分自身は食べすぎているのでは?という意味です。これは、サリーは、自分自身でも食べ物を買いだめし、食べてしまう自身の姿にいつもやりきれない思いでいるそうです。

ミッキー・ローク、スーパースター

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ARNAL/URLI/GARCIA/Gamma-Rapho via Getty Images
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ミッキー・ロークは、1982年の”ダイナー”と言うコメディー映画でキャリアをスタートさせました。それ自体は、あまりブレークしませんでしたが、1986年の“9 and half weeks”と1987年の”エンジェルハート“で彼の演技が称賛され、この役でタブーとされていたものをやってのけ、スターダムへと昇りつめました。現在ミッキーは、これらの映画で、共演したキム・バシンガーとリサ・ボネットとともに性的描写の象徴して役を演じることが多くなっていました。

しかし、1991年にロークは、自分は、十分に演技をしたと説明し、銀幕の世界から引退し、ボクシングを始めました。彼は、若い頃からボクサーとしてもトレーニングしていたのです。彼のボクシング人生は、3年間続きました。

ロークの今

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Gotham/GC Images
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ロークは、ボクシングから俳優として戻って来て、90年代にちょい役を演じました。長年のボクシングの試合のため、顔はひどくダメージを受けていますが、それでも、彼の俳優としての演技力は健在です。しばしば不適切に描かれ、タフガイと間違えられますが、2005年まで、ロークは、重要な役を”シンシティー”で演じました。

2009年に演じた“レスラー”では、ゴールデン・グローブ賞、BAFTAそしてオスカーにノミネートされました。ここ数年、整形手術をしていますが、まだ、完全には戻っていませんよね。

キャサリン・ターナー、80年代の奇跡

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20th Century-Fox/Getty Images
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1980年、映画館でキャサリン・ターナーを見ないことはありませんでした。彼女は、”ボディーハート”、“ロマンシング・ストーン”、“女と男の名誉”、“ローズ家の戦争”、“ペギー・ス―の結婚”などの多くの映画で主演を務め、成功を収めました。彼女の感情を押し殺したような表情と色気のある声で、彼女はハリウッドで、魔性の女を演じることが多くなりました。

10年で、キャサリンは、ゴールデングローブで主演女優賞をとり、アカデミー賞でもノミネートされました。また、彼女は、“ロジャー・ラビット”で、ジェシカ・ラビットの声も演じました。

キャサリン・ターナーの今

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Paul Bruinooge/Patrick McMullan via Getty Images
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キャサリン・ターナーのセクシー女優から一般人への移行は、彼女の意図するところではありませんでした。1990年に、彼女は、関節リュウマチを患い、その病気のせいで、耐えられない程の痛みを経験し、何もできなくなるような状態になってしまい、車いす生活を余儀なくされました。また、彼女の服用していた薬の副作用で、体重が増加し、体もむくみ始めました。更に、痛みを紛らわせるため大量にアルコールを摂取し、その結果、容姿にも悪影響を及ぼしてしまったのです。

キャサリンは、スポットライトから離れ、主演女優から、母親役、もしくは祖母役として出演するようになりました。幸運なことに、ここ数年、彼女の関節リュウマチの症状は、落ち着いており、年間を通して、”フレンズ”、”NIP/Tuck” そして“カリフォニケーション”などにゲスト出演し、多くのテレビにも出演しています。

ルパート・エヴァレット、バッド・ボーイ

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Mike Prior/Getty Images
Mike Prior/Getty Images

ルパート・エヴァレットは、1984年の”アナザー・カウントリー”でジュリアン・ミッチェルとして初出演し、BAFTA賞を受賞しました。また、1930年代のイギリスでのゲイの生徒役を演じました。彼は、バッド・ボーイを演じることに定評があり、感情を隠したような表情などから、1980年代から1990年代にかけて、多くの映画に出演しました。エヴァレットは、自身のアルバム“Generation of Loneliness”をリリースし、ポップスターとして音楽界にもキャリアを築こうとしました(うまくは行かず)。

しかし、それはすでに遅く、世間は彼を、実力派俳優として受け入れていたため、ミュージシャンとしては、成功はしませんでした。そして彼は、二回目のBAFTA賞を受賞し、1997年には、“ベスト・フレンズ・ウエディング”で、初めてのゴールデン・グローブ賞を受賞しました。

ルパート・エヴァレットの今

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David M. Benett/Dave Benett/Getty Images for Eco-Age
David M. Benett/Dave Benett/Getty Images for Eco-Age

現在のルパートは、いたって普通ですが、銀幕をにぎわせた、あの若かりしバッドボーイの面影は全くありません。そして、彼はいまでも俳優として頑張っています。今年、彼は、ティム・バートンの”ミス・ペレグリンと奇妙な子供たち”に出演し、その前にも、“シュレック”と“ナルニア国物語”に出演しています。

売春や同性婚を差別したりなどの政治的、社会的活動の他に、書物やメモワール、そして映画の脚本などを書いたりしています。明らかにこれは、現代のルネッサンス男以上の表現になっていますが。

ララ・フリン・ボイル、絶頂期

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Jim Smeal/Ron Galella Collection via Getty Images
Jim Smeal/Ron Galella Collection via Getty Images

ツインピークスは、80年代後半から90年代前半にメガヒットしたテレビシリーズのクラッシクなカルト映画です。デビッド・リンチが、小さな町の生活と、ローラ・ポーマーのミステリアスな殺人を題材にした映画で、世界中の興味を引きました。ツインピークスを語る上で、ドナ・ハワードを二つのシーズンで演じたララ・フリン・ボイル抜きでは語れません。

ララは、ローラの親友でこの殺人にのめり込み、なぞ解きをするという役です。しかしながら、彼女は、続編映画には出演せず、2017年に放送される新しいテレビシリーズへの出演も断っています。

ララ・フリン・ボイルの今

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Michael Tullberg/Getty Images
Michael Tullberg/Getty Images

整形外科医は、このリストに出てくる多くの有名人について隠された秘密をたくさん持っているようです。、ララ・フリン・ボイルは、もはや昔のようなセクシー女優のかけらもありません。正直、現在のララの姿は、かつてのツイン・ピークスに出ていた時と、同じ人だとは思えない程です。整形外科医によると、”彼女の顔は溶けだしています。しぼんできてしまっています。”という厳しいコメントを出しました。

若くて美しい女性が、その美貌を保つためにプレッシャーを感じてしまうことはあります。そして、年とともに重なる衰えを、危険な手術や不徳な医師に委ねるのも理解できないこともありません。しかし、ララにとっては、あまりいい結果にはならなかったようです。

マーク・ハンミル、スカイウォーカー

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Sonia Moskowitz/IMAGES/Getty Images
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原作のスター・ウォーズ三部作は、何世代にもわたって映画製作者たちを魅了し続けてきました。主人公は、マーク・ハンミルで、スカイウォーカー役を演じました。彼のキャリアにとって、スター・ウォーズに出たことが必ずしも成功だった訳ではありません。プロデューサーの一人は、ぶっきらぼうに、”この映画にスカイウォーカーはいらないよ”とまで言ったのです。

マークにとっても、この役のイメージが強すぎて、他の映画で違う役を演じるのが難しかったのです。そのため、十年の間、声だけでの出演が多かったのも事実です。ここ数十年のコミックバージョンのバットマンのアニメで、悪のネメシスであるジョーカーをの声は、彼だったのをあなたも知っているかもしれません。

マーク・ハンミルの今

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Alberto E. Rodriguez/FilmMagic
Alberto E. Rodriguez/FilmMagic

もうスクリーン上に現れないのであれば、どんな姿であっても問題ありませんよね。マーク・ハンミルは、長い間に成り行き任せであり、もうそんな事も関係なかったのでしょう。スターウォーズの後にあった交通事故も悪かったのかもしれません。

続編の”スターウォーズ、帝国の逆襲”での彼の傷は、本物だったのでした。スターウォーズ3部作の続編が発表され、マーク・ハンミルは、ルーク・スカイウォーカーの役に再演のオファーが来て、ハンミルは、またジムに通い、かつての栄光を取り戻しました。この復帰劇はすごいですね。

ジーナ・デーヴィス、とても期待されていた

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Fotos International/Getty Images
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ジーナ・デーヴィスは、1980年代を代表するホットな女優でした。彼女は、”ビートル・ジュース”、“テルマ&ルイーズ”に出演し、多くの興行収入を稼ぎ出しました。90年代の暫くの間、スーパーでデーヴィスと元夫のジェフ・ゴールドブラムの写真をタブロイド雑誌で見ない時は無かったでしょう。二人のクラッシクなホラー映画である“ザ・フライ”は、本当に気持ち悪かったです。

しかし、彼女の元夫であるレニー・ハーリンの指揮した“カットスローと・アイランド”は、本当に駄作でした。その映画は、特にジーナのキャリアを確固たるものにするはずでしたが、あまりの悲惨な状態に目も当てることができませんでした。

ジーナ・デーヴィスの今

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Michael Tran/FilmMagic
Michael Tran/FilmMagic

今でも、ジーナは、容姿を保っていますが、さすがに60歳にもなると年齢を重ねたことが分かります。この写真は、この有名な女優が、女性のスポーツに関する平等を訴えたキャンペーンでの写真です。今でも女優業はしていますが、特に、活動家として生活に力を入れています。彼女は、メディアにおいても自分自身の施設を立ち上げ、性別における役割について述べています。

実際に、彼女は1999年にアーチェリーチームを作り300人のファイナリストにも選ばれました。もしディズニーが”ハンガーゲーム”の権利を買えば、ジーナが歳をとったカティネス・エバーディーンを演じることができますよね。

アクシス・ローズ、ロックに燃える

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Kevin Mazur/WireImage
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1987年は、ハードロックの黄金期であり、論議の余地なく王者といえば、”ガンズ&ローゼズ”のアクシス・ローズでしょう。彼は、しなやかなバイクのショーツのようなものを着てステージに立つスタイルが有名でした。そのアルバムの“アペタイト・フォー・ディストラクション”は、全世界で3000万枚売れ、続いて出された“ユース・ユア・イル―ジョン”は、3500万枚売れました。

当時、ローズは、単に素晴らしい声域を持っていただけでなく、ライブ中に観衆を煽り、暴走や酒のボトルなどをなげたりと、はちゃめちゃでした。しかし、バンドは、個人の意見の相違から解散することとなり、アルバムである“チャイニーズ・デモクラシー”をリリースする前に長い活動休止をとる羽目になり、結局レーベルが期待していた売り上げも上げられなかったのです。

アクシス・ローズの今

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Marc Grimwade/WireImage
Marc Grimwade/WireImage

あまり動いていないと、食べることに喜びを感じ始めてしまいます。その状況が、明らかにアクシス・ローズには起こってしまったようです。若かりしの引き締まった体から、ミートローフへと変わってしまったのです。ツイッターで、彼は、タコベル(アメリカのメキシカンファーストフード店)のすばらしさを語っています。でも、ロックンロールは、運動が必要なんじゃないの?ステージ裏で食べていた安っぽいチーズのお菓子が、お酒やコーラに変わったのでしょう。

彼は、頑張って昔の自分を取り戻そうとしています。2016年に、彼は、AC/DCのツワーを始め、ガンズ&ローゼズも再結成し、世界ツアーも始める予定です。

デュークとしてのキャサリン・バック

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Hulton Archive/Getty Images
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1980年代の”Dukes of Hazzar“でデェイジー・デューク役を演じたキャサリン・バックよりセクシーな女優はあの時、いなかったでしょう。彼女は、シリーズを通してデニムのホットパンツをはき、その美貌と美脚が魅力的で有名でした。デュークブラザーズをかき回しながら、不運なボスホッグや手下達とのバトルも彼女の出演シーンは見ものでした。彼女の絶頂期には、彼女の足に一億円の保険が掛けられていたという噂もありました。

すごいプレッシャーですよね。もし、剃刀で自分の足を切った日には、訴えらてしまいます。映画の再演オファーもありましたが、結局デェイジーの役は、ジェシカ・シンプソンになりました。

キャサリン・バックの今

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Paul Archuleta/Getty Images
Paul Archuleta/Getty Images

Dukes of Hazzar“の後、キャサリン・バックの女優としてのキャリアは、まるで坂を転げ落ちる様でした。彼女に残っていたのは、いつも同じ役柄ばかりで、契約が終わってからは、ショーや映画の話もありませんでした。ある可能性とすれば、エンターテインメント世界での女優として成功することでした。また、二人の娘をきちんと育てることもしたかったのです。

それ以来、彼女は、脇役ばかりしてきました。しかし、彼女は、またイギリスのデベンハムズのグループで、宝石を売り出しました。彼女のもと旦那であるピーター・ロペスは、2010年の4月に銃で自殺しました。

ジョセリン・ウィンデンステイン、社交界で有名人

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Evan Agostini/Liasion
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ジョセリン・ウィンデンステインは、本当に魅了的な女性で、ニューヨークの社交界の人気選手でした。彼女は、世界中を飛び回り、有名な射撃種とパイロットになる道を辿り、世界を旅したジェット機の操縦士です。

彼女はまた、お金を湯水のごとく使うことでも有名でした。私用電話で、一時期年間600万円使い、彼女のワイン代は、年間5千万円にまで達していました。サウジアームズディーラーであるアドゥナン・カスホギは、後の彼女の未来の旦那さんである、富豪のアートディーラーであるアレック・ウィンデンステインを紹介しました。

ジョセリン・ウィンデンステインの今

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Noam Galai/Getty Images
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なんてことなの!ジョセリン。女性の容姿が衰えていくと、整形外科医に頼って、容姿を保つことはよく聞く話です。しかしこの効果は、ジョセリン・ウィンデンステインには起こらなかったようですね。彼女は、整形手術にのめり込み、ゆっくりと、でも確実に、若かりし魅力的な女性から、フランケンシュタインのようなモンスターへと変わっていきました。また、ニューヨークでも、”キャットウーマン”と呼ばれ、その様子から、整形手術は、誰にとってもいいアイデアではないという代表例だと紹介されています。

ヴァニティーフェアのインタビューで、彼女は、オオヤマネコのような目が完璧な目であると信じていると述べていました。彼女の友人は、この姿が、彼女にとって完全な美を追求した完成形で、自分の飼っている野生の猫の様であると言っています。

ボイ・ジョージ、カルチャークラブ

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Mike Prior/Getty Images
Mike Prior/Getty Images

ボイ・ジョージは、ジョージ・アラン・オドウドとして生まれ、1980年代において、最も人気のあったポップ歌手、カルチャークラブ、の一人でした。もともとセックス・ピストルのマネージャーのマルコルム・マクラーレンに発掘され、ジョージは、エクセントリックでワイルドであると、ロンドンでも有名な子供でした。”カーマ・キャメロン”、“ティム(心の時計)”、“Do you really want to hurt me”などの歌は、何百万枚も売れ、それもボイ・ジョージのユニークな容姿も大きく影響していました。

彼の男か女わからない、カラフルな奇抜なファッションは、世界中でもすぐに多くのファンの支持を受けました。

ボイ・ジョージの今

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Keith Mayhew/SOPA Images/LightRocket via Getty Images
Keith Mayhew/SOPA Images/LightRocket via Getty Images

不幸にも、バンドが解散してからは、ボイ・ジョージにとって、何事も長い間うまく行きませんでした。後のインタビューであきらかにされましたが、カルチャークラブの解散で、ジョージとジョン・モスの恋愛関係にも陰りが見え、また、麻薬中毒にもなり、演奏する舞台をオーバードースで失うという悲しい出来事もありました。酷い時には、刑務所での生活を送り、男娼に暴力を振るうなどかなり荒れている状況でした。

ボイ・ジョージは、刑期を終えて、どうにか戻れるタイミングを探していました。本を書いたり、服をデザインしたり、活動的な写真家となったり、歌もまだ作曲しています。彼の最新の作品は、正直さと謙虚さをうたったものでした。

シビル・シェパード、こちらブル―ムーン探偵社

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MovieStillsDB/ABC
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タクシードライバーでシビル・シェパードは、ロバート・デ・二―ロと共演し、この映画がきっかけで、彼女に人気が出始めましたが、彼女のキャリアが最も確実になったのは、1980年代のテレビドラマ、”こちらブル―ムーン探偵社”で、マディー・ヘイズを演じたことです。マディー・ヘイズは、落ちぶれた探偵社のオーナーで、そこにいたやる気のない探偵のブルース・ウィルスをやる気にさせるという話でした。二人のテレビでの関係はばっちりで、全世界で人気が出て、このシリーズは4年間も続きました。

面白いことに、シェパードとブルース・ウィルスは、ともに不倫関係にあり、お互い仕事に支障が出ないように努めていました。しかし、そこは彼女も、”Access Hollywood”、「私は、こんな関係続けるべきじゃないと言ったら、彼も、そうだと言ってくれて、それで、ふたりともやめることにしたの。二人とも長く一緒に仕事をしていたから、この関係はないほうが良かったの。」と言っています。

シビル・シェパードの今

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Albert L. Ortega/Getty Images
Albert L. Ortega/Getty Images

何も長くは続きません。シェパードがまだ魅力的であったとき、セクシー女優としての仕事にも徐々に陰りが見え始めました。今でも女優業は続けており、”Lの世界”、“クリミナルマインド”、“クライアントリスト”にでています。彼女の最近の役でいうと、2015年の“Do You Believe?”です。これは、キリスト教の影響をとてもうけている作品です。

彼女の役は、娘を亡くした喪に服した母親の役でした。実際の人生では、シェパードは、3人の子もがいます。そのうちの一人が、女優で、Lの世界で、共演したクレメンティン・フォードです。

ブルース・ウィルス、マッチョマン

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Ron Galella/Ron Galella Collection via Getty Images
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シビル・シェパードと、こちらブル―ムーン探偵社で共演したのが、ブルース・ウィルスで、もともと、オフ・ブロードウェイでキャリアをスタートさせました。しかし、彼の最も有名な役は、映画、ダイハードシリーズの、自警団員のジョン・マクレーンです。彼は、このほかにも多くの作品に出演しています。”シックス・センス”、“シン・シティー”、“薔薇の素顔”、“ホルプフィクション”、“ルーパー”そして“12モンキーズ”などです。

ウィルのキャリアは、とても素晴らしいもので、60もの映画やテレビのショーに出演しています。彼は、1987年にデミー・ムーアと結婚しましたが、2000年に離婚しています。二人には、3人の娘がいて、別れた後も、友人として交流しています。

ブルース・ウィルスの今

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Jim Spellman/WireImage
Jim Spellman/WireImage

ブルースのキャリアは、確かに衰える兆しはありません。2015年には、スティーブン・キング、ミザリーの舞台を行い、その前の2013年には、彼の出演作品の中でも最も有名な”ダイハード・ラストデイ”に出演しました。しかし、評価も売り上げもあまりパットしませんでした。最近彼は、イラクやイスラエルのアメリカ軍のサポートを勢力的に行っています。

そしてウィルスは、エマ・ヘミングという名のモデルと再婚し、二人の子供を授かりました。2010年彼は、北アメリカで最も売上高が多い俳優で第8位になりました。彼は余裕のある顔をしていますよね。

ケリー・ラ・ブロック、驚くべきサイエンス

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Ron Galella, Ltd./Ron Galella Collection via Getty Images
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ケリー・ラ・ブロックは、初のスクリーン登場で、すぐに有名になりました。彼女は、”ウーマン・イン・レッド”でコメディー・俳優で有名なジーン・ワイルダーとそこで共演しました。モデルの娘である彼女は、カメラの前でもとても堂々としていました。1985年に、彼女は、“Weird Science”に出演し、ティーンのコメディーの中でも、メガヒットを打ち出しました。

彼女は、20代の若者たちによって設立された科学実験研究所の不思議な女性を演じました。彼女のキャラは、映画の根底にある性差別のテーマにもかかわらず、厳しいレッスンを通して男の子を大人の男性に変えるという、強気な女性を演じました。

ケリー・ラ・ブロックの今

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Greg Doherty/Getty Images
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ケリーの人生は、山あり谷ありの連続でした。彼女のスクリーン上での栄光は、かなり昔のことになっています。彼女は、スティーブン・セガールと結婚しましたが、1996年に離婚しました。ふたりの間には3人の子供がいます。

彼女がホメオパシー運動に関わり、自身で高圧室を所有し、血液中の感染症や気泡を含む様々な病気を治療するアメリカで最初の人物となりました。現在の彼女は、子供のガン治療チャリティーに尽力を注いでいます。

チャック・ノリス、冗談無し

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MovieStillsDB/Metro-Goldwyn-Mayer
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チャック・ノリスは、格闘技のスターとして有名で、彼がどれだけタフかという事を別にして、無敵の存在を演じていました。”チャック・ノリスの心臓は、鉄でできていて、心臓発作とは無縁である”といった定番文句があります。

彼がまだ若かりしときは、とても魅力的で、彼の容姿に夢中な人も多く(もちろん、格闘家としての演技のスキルもあった)、世間の注目の的でした。彼の代表作の一つ、“炎のテキサスレンジャー”では、主役を演じました。また、ブルース・リーと共に“ドラゴンへの道”にも出演していました。

チャック・ノリスの今

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Gilbert Carrasquillo/Getty Images
Gilbert Carrasquillo/Getty Images

伝説のチャック・ノリスは、今でもさほど、歳をとっているようには見えませんね。彼のキャリアは、いまだに続いていて、最近では、”エクスペンダブルズ”シリーズにも出演していますね。彼は敬虔なクリスチャンで、クリスチャニィティーについてn本もいくつか書いています。チャックは、共和党を支持しており、大統領候補であるマイク・ハッカビーのキャンペーンにも参加し、共和党をサポートするために多くの時間とお金を費やしています。

彼は、自分のフィットネスに関するコラムをワードネット・デイリーにも掲載していて、短いドキュメンタリーで、フィットネスの商品を紹介しています。ノリスは、ソーシャルメディアにもよく登場し、頻繁に投稿しており、自分の家族についてもよく話しています。

ウーピー・ゴールドバーグ、幽霊ではない

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John Barr/Liaison
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最初に言っておきますが、ウーピー・ゴールドバーグは、セクシーな女優ではありませんでした。彼女は、容姿というよりは、迫力ある演技力とその賑やかな性格で人気があります。彼女は、13のエミーにノミネートされ、少なくとも、エミー、グラニー、オスカー、トニー賞を受賞しています。1985年に公開された”ザ・カラー・パープル”の役では、南で虐待された黒人女性を演じ、世間から絶賛されました。

そこから、映画“ゴースト”の役で更に有名になり、更に、“天使にラブソングを”、“ハリウッド・スクエア”、“ザ・ビュー”等、様々な作品に出演しています。

ウーピー・ゴールドバーグの今

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Marco Piraccini/Archivio Marco Piraccini/Mondadori Portfolio via Getty Images
Marco Piraccini/Archivio Marco Piraccini/Mondadori Portfolio via Getty Images

ゴーストの時から、確かにウーピーも体重が増えました。これは、彼女のお気に入りのお菓子のせいだとメディアでも言っていますが、人は、時に誰でも太ります。これはもはや自然の摂理なのです。ウーピーは、今も女優業を続けていますが、現在は、LGBTの活動に尽力を尽くしています。

彼女の掲げる”ギブ・ア・ダム”では、すべてのゲイ、レズビアン、バイセクシャル、トランスジェンダーがストレートの人達と一緒になってコミュニティーを作り、不公平のない人生にしようと言うものです。これはとても素晴らしい取り組みです。ありがとう、ウーピー!

ウェイン・ニュートン、ドキドキする

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Michael Ochs Archives/Getty Images
Michael Ochs Archives/Getty Images

ウェイン・ニュートンは、ネバダ州のラスベガス出身のとても有名な歌手として何十年にもわたり知れ渡ってきました。若いころは、とてもハンサムで、”Daddy, Don’t You Walk so Fast” や “Years”などをビルボードのトップ100に入るメガヒット作を出しました。その中でも特に一番有名なのが、1980年代の“フェリスはある日突然に”の映画で、”ダンケ・シェーン”という、とても重要な役割を果たしました。

ウェイン・ニュートンは、70年代の有名ミュージシャン、ルシル・ボール、ジョージ・バンズ、ボビー・ダリン、ジャック・ベニー、ダニー・トーマスなどもサポートしていました。

ウェイン・ニュートンの今

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David Becker/NHLI via Getty Images
David Becker/NHLI via Getty Images

ウェイン・ニュートンのプライベートは、あまり順調であったとは言えません。彼の腰回りが異常に大きくなったことに加えて、婚約者との問題もありました。2000年には、経済的管理ミスの多さから訴えられ、2012年に破産宣告するまでの間、なかなか片付きませんでした。ウェインにとっては、あまりいい結果ではないですが、昔の古い家に戻ることが、債務者との同意の上で決まりました。

しかし、すべてが悪いというわけではなく、”ミスター・エンターテイナー”と知られる彼は、糖尿病研究の基金集めのなどのチャリティーにも尽力しています。