アメリカ人の家族に引き取られた中国人の少女が自分を捨てた実の両親に再会

今回ご紹介するのは、生後間もなくして捨てられ、アメリカ人家庭に養子として引き取られた中国人少女が、20年以上の時を超えて実の親に再会する物語です。ケイティ・ポーラーは、ミシガン州のハドソンビルの静かな町で育ての親とその息子たちと一緒に育ちます。自分に秘められた過去があることはケイティも理解していましたが、自分のアジア系の背景に関して育ての親が話してくれることはありませんでした。しかし、養子縁組の裏にあった真実は、ケイティの予想をもはるかに超えるものだったのです。それでは、一体何が起こったのでしょうか?

知られてはいけない妊娠

およそ22年前、ケイティの生みの母親であるセン・ホウショウは2人目の娘を妊娠していました。一人っ子政策により、中国で2人目を持つことは違法です。妊娠してから日数が立ちすぎていたため、センには中絶という選択肢はありません。政府に見つかって子供を取り上げされることを恐れた彼女には、出産まで6週間ほどしか残されていませんでした。

問題だらけ

センは夫のシェイ・リダの力を借り、ボートの上で娘を出産。沸騰したお湯ではさみを消毒して、へその緒を切り落としました。しかし、合併症のために政府に通報しないと約束をしてくれた医師の元に駆け込むことを余儀なくされます。

命を救うために

娘と長くいればいるほどその命を危険にさらしてしまうことをわかっていたシェイは、朝早く家を出て、娘を引き取ってくれるようにお願する手紙を添えて娘を野菜市場に置き去りにします。この手紙には、10年後または20年後に杭州市の有名なブロークン・ブリッジで再会したいということが書かれていました。しかし、別の思惑を持っていたケイティの育ての親。一体どうなってしまうのでしょうか?

手紙の全容

「私たちの娘のジンジーは、1995年の太陰暦7月の24日、午前10時に誕生しました。貧困と政府の決まりによって娘を手放さなくてはいけません。両親としては断腸の思いです。娘を救い育ててくれてありがとうございます。もし天が我々の気持ちをおもんぱかり、運命によって我々を引き寄せてくれるなら、今から10年または20年後、杭州市のブロークン・ブリッジの七夕祭りで再び会えますように。」

一人っ子政策

一人っ子政策は、1979年、人口をコントロールして貧困を軽減する目的で毛沢東政権によって導入されました。この政策は35年以上も続き、4億人の出産を防止したと言われています。ただ、政策が廃止された2015年以降、その数字には様々な反論がなされているようです。

養子縁組

ジンジーが手紙と共に蘇州市にある児童福祉センターに届けられてから間もなくして、ケン&ルース・ポーラーと9組の家族はベサニー・クリスチャン・サービスと共に中国の孤児院にやってきました。センとシェイの動向については、記事の後半でご紹介していきましょう。

手紙はどうなったのか

ジンジーとキャサリン・スー・ポーラーと共にバスに乗り込んだケンとルースは、通訳に手紙を中国語に訳してもらいました。生みの親の真実を知らせることは幼いケイティの人生を複雑にしてしまうと考えた2人は、精神的にこの事実を受け止められる年齢に成長するまでケイティにこのことは話さないという決断を下します。

根っからのアメリカ人

人口7,000人ほどの小さな町でポーラー家に育てられたケイティ。ここで伝統的なアメリカらしいライフスタイルを送ってきました。敬虔な育ての親と共に教会に通い、スポーツに打ち込み、バイオリンやピアノをたしなみ、旅行でアメリカ中を訪れます。高校卒業後は、公衆衛生と音楽を学びました。

一方中国では…

ケイティの実の親は、中古のテレビ、洗濯機、冷蔵庫などを販売するお店を経営しています。家族を養うために365日働く夫婦。長年貧困生活を送っていたセンとシェイは、現在やっと貯めたお金で購入した寝室が2部屋あるアパートで暮らしています。センとシェイは一人娘のために一生懸命働いていましたが、ケイティにした約束のことは忘れていません。さて、この親子に一体何が待ち受けているのでしょうか?

1度目の挑戦

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我が子に残した手紙が養子として受け入れてくれた家族の元に渡ったことを願って、誕生から実に10年後、センとシェイはジンジー(ケイティ)を一目見ようと七夕祭りの日にブロークン・ブリッジへと向かいます。

実際に壊れているわけではないブロークン・ブリッジ

困惑する方も少なくはないと思いますが、ブロークン・ブリッジは「ブロークン」、つまり破損しているわけではありません。この橋は、ジンジーが生まれた場所であり生みの親が今でも暮らしている杭州市に位置しています。中国での七夕祭りは西洋のバレンタインのようで、毎年7月の7日に当たります。

連絡を取ろうと試みたポーラー家

ケンとルースは「過去のことでケイティを混乱させない」という約束をしましたが、それでも生みの親が誕生から10年後の七夕祭りでケイティに会うことを望んでいるということを忘れたわけではありません。実の親と関係を持たせることは早すぎると思ってはいましたが、少なくともケイティの家族には元気で問題なく暮らしている旨を伝えたいとは考えていました。ケイティが過去を受け入れられる年齢に達した頃、ケンとルースはケイティに話すことにまだためらいを感じます。その理由とは何だったのでしょうか?

時すでに遅し

ポーラー家は中国に住む友人のアニー・ウーに連絡を取り、七夕祭りの当日に彼女が代理としてケイティの実の親を探しに橋まで向かいました。残念ながら、しばらく橋の上で待っていたセンとシェイはアンが橋に到着するころにはその場を去っていました。しかし、お祭りの風景を撮影していたテレビクルーを目撃したアンは、撮影したテープを見せてもらえるように頼みこみます。その映像の中には、娘の名前が書かれたポスターを掲げたシェイの姿がありました。

ニュース特集のお陰

娘の名前が書かれたサインを掲げたシェイをたまたま撮影したテレビクルーが、誕生時に生みの親と離れ離れになってしまった中国人少女の悲劇的なストーリーを報じました。この報道を目にしたセンとシェイはテレビ局に連絡を取り、局内でアンと会う約束をします。ここで夫婦にポーラー家からの手紙が渡されました。

手紙のみ

センとシェイは娘に関してさらなる情報を期待していましたが、娘を守りたい一心のポーラー家は手紙のみで留めたいと考えていました。あきらめざるを得なかった娘に関するさらなる情報を得られないまま、それから10年以上がたちます。センとシェイは我が子に関わりたいと思っていましたが、ポーラー夫妻はそれに対してどのように反応したのでしょうか?

ニュース番組からドキュメンタリーへ

この話を耳にした中国人ドキュメンタリー監督のチャン・チャンフーは、ぜひこの話を伝えたいと考えます。監督はまず実際にセンとシェイに会ってから、ケンとルースを見つけ出すことにしました。大した手がかりがなかったため、チャンはインターネットを駆使して蘇州市から中国人の女の子を養子に取ったミシガン州在住のアメリカ人家庭を検索します。

すぐには得られなかった確信

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ついにポーラー家と連絡を取ることができたチェンでしたが、夫妻は乗り気ではありませんでした。2人の間でケイティが21歳になるまでは過去のことは話さないと決めていたのです。「私が中国人だけどアメリカ人ってことに疑問を抱いている人もいると思ったの。だから、ママに過去ついて話してほしいって私からお願いしたのよ」と、のちにケイティは『サウス・チャイナ・ポスト・マガジン』に話しています。

一瞬で決意

育ての親から実の親のことを聞いたケイティはすぐに会ってみたいと思いました。ケイティは自らチェンに連絡を入れ、ドキュメンタリーへの参加に同意します。チェンは、手紙と一緒にケイティが置き去りにされた中国の野菜市場に彼女を連れてきました。感情があふれ出してきていっぱいいっぱいだったケイティ。初めて生みの親を目にした時のケイティの反応は感動的なものでした。

ついに橋の上で再会

劇的な効果を出すために、チェンは元々ケイティと実の親が会うように約束していたブロークン・ブリッジでの再会を手配します。22年間で初めて娘の姿を目にしたセンは泣き崩れてしまいました。ケイティは中国語を話すことができず、実の家族はほとんど英語を話せません。しかし、できる限りの方法でコミュニケーションをとろうとお互い努力しました。

一からのスタート

中国を訪れたケイティは、実の親のアパートにある姉の部屋で数日を過ごしました。センとシェイは、数年前に深刻な脳卒中を起こした祖母にもケイティを引き合わせます。

ケイティはまだ自分の過去を消化しきれていませんが、中国の実の家族との関係を築くことに意欲的です。一方センとシェイは、娘の気持ちを尊重しつつ本人の望む形で娘と関わっていきたいと考えています。

サラとアンディーは仲睦じい夫婦だった

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Andy-Sarah Justice/Facebook
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オクラホマ州タルサに住むサラとアンディー・ジャスティスは、のどかな生活を送っていた。結婚してから3年、そろそろ赤ちゃんを家族に迎え、2人だけだった家族を大きくしたいと考えていた。

結婚して数年たった他の夫婦と同様に、ジャスティス家にとっても赤ちゃんを授かることが次のステップだった。結婚後数年間で相手のことをより深く理解し、愛を育んできた今、新たな生命をこの世に誕生させ、2人で愛情を注いでいきたいと思うのは自然なことだった。しかし残念ながら、ジャスティス家には、別の運命の計画を用意していたようだ。

結婚から3年後、何かが欠けていると感じる

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ジャスティス家の2人は、3年間ほど幸せに暮らしていたものの、何かが足らないと感じるようになっていた。当然次のステップは赤ちゃんを迎えることだが、サラにとって、それは簡単なことではないようだった。

近年、多くの女性がそうであるように、サラもまた、なかなか赤ちゃんを授かることができなかった。サラは、夫と3年間、妊娠を試みてきたものの、成功しなかった。妊娠を望んで努力し続けたにもかかわらず、結果が実らないことで、夫婦はかなり参ってしまっていたのだ。更には、結婚生活までもギクシャクし始めた為、2人は他の選択肢も視野に入れることにした。そう、不妊治療専門医にかかることを決意するのだ。

不妊治療のために遠くの医者にかかることを決意

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Andy-Sarah Justice
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サラとアンディーはどうにか子どもを授かれないものかと、不妊治療専門医を探すことに決めた。実際、妊娠できないのはどちらのせいでもなかったが、とりわけ2人の結婚生活を健全に保つためにも、専門医の助けを求めることが最良の選択肢だと思われた。

不妊治療専門医を探し始めた彼らにとって、唯一の問題は、タルサには不妊治療を専門とする評判の良い医者がいないことだった。そのため、2人はタルサ以外の場所で探さなければならなかったが、タルサから一番近いとされる専門医でさえ、遠く離れたミズーリ州のセントルイスにいることが分かった。不便ではあるが、神様から素晴らしい贈り物を受け取ることができるかもしれないと思うと、移動の苦労は大した問題にはならなかった。

サラとアンディー、体外受精を検討する

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NBC
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サラとアンディーは不妊治療の選択肢の1つとして、体外受精について尋ねた。担当医師は、2人とも体外受精をするのに適格ではあるものの、それでも体外受精によって妊娠する可能性はほんの10%だと告げた。

妊娠する可能性がほんの10%であるにもかかわらず、サラは過酷な治療を受けなければならなかった。体外受精の治療は、生体内を傷つける可能性もある。また、サラは卵巣から卵子を採取するにあたって、数ヶ月も前からホルモン治療を受けなければならなかった。こうした治療すべてを終えた後にも、もしかしたら受精卵が着床しないかもしれない可能性があると思うと、2人は何だかスッキリしない気持ちなのだった。

体外受精はリスクが高いことが明らかに

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Jim Dyson/Getty Images
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体外受精のプロセスには、甚大な費用がかかる。この革新的な不妊治療は決して安くはない。基本的なIVF(体外受精)サイクルには、およそ1.2万ドル~1.5万ドルかかると言われている。さらに、この方法が上手くいかないとなると、リスクはより大きなものとなる。

その上、IVF治療は保険が適用されない。ジャスティス家の2人が体外受精で妊娠したければ、その費用は最大で6万ドルにまでのぼることがある、と見積もられていた。べらぼうに高い費用であるにもかかわらず、着床がうまくいく可能性がわずかであることから、2人はすぐに決断することができないでいた。また、2人には他の選択肢もあったのだ。

ジャスティス家、養子縁組を検討する

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サラとアンディーは、次に養子縁組の選択肢を検討し始めた。数年間も妊娠に成功しなかったこと、さらに不妊治療の専門医に体外受精でも成功する可能性が低いと告げられたことから、この時点で、どんな方法によっても2人は子どもを迎え、親になりたいと考えていた。

そのため、サラとアンディーは養子縁組の手続きを始めた。もし、養子縁組の手続きをしたことがあれば、その手続き自体が非常に厄介で手間がかかることはお分かりだろう。子どもを家に連れて帰ることが許可される前に、親候補者は長い長い申請手順に従わなければならない。これには候補者らの生活だけでなく、子どもを迎えるのにふさわしいかなど、生活状況の確認も含まれている。

養子縁組のための長い手続き

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養子縁組申請を提出し、受理された後、養子縁組斡旋業者によってジャスティス家は家庭を評価された。この家族が子どもを迎え、育てるのに適しているかどうかを確かめなければならないからだ。しかし、その手続きにおいて最大の難関は面接と言えるだろう。

中にはこの面接で心配になってしまう人もいるだろうが、ジャスティス家の2人にとっては、この苦しい試練の間中冷静さを保ち、明確な判断を下すためにも、この面接は必要だった。この後、養子縁組斡旋業者はジャスティス家のために、子どもを養子に出すと決意している生みの母との面接を予定し始めた。しかし、このプロセスもまた簡単ではなかった。

やっと選ばれたのに、事態は悪い方向へ

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Daniel Berehulak/Getty Images
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表向きには、ジャスティス家は広範囲に及ぶ面接手順を進めているように見えた。そして、ついに良い知らせが舞い込んできたのだ。面接した女性のうち、1人がジャスティス家を子どもの養子縁組先に選んだというものだった。

サラとアンディーは心から喜んだ。ついに、天に祈りが届いたのだ。家族として子どもを育てるという夢にやっと一歩近づいた。2人はこの生みの母を妊娠期間中ずっと支え続け、赤ちゃんを家に迎えられるように準備を進めていた。しかし、出産が近づくにつれ、事態は悪い方向へと向かう。実は、選ばれたにも関わらず、生みの親が養子に出すことを土壇場でキャンセルしたのだった。その後から、サラとアンディーはあきらめずに再び頑張り続けることを決めたのだった。再び養子縁組斡旋業者に連絡すると、まだ養子縁組を望んでいる旨を伝えた。

サラとアンディーは諦められなかった

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サラとアンディーは、妊娠している女性をあらゆる面でサポートしていたにもかかわらず、結果として激しい精神的なダメージを受けただけだった。生みの母たちは妊娠期間の最後の最後に、考えを翻して、赤ちゃんを自分で育てようと決めるのだった。

もちろん、ジャスティス家の2人は女性らの決断を尊重するほかなかったが、長いこと待ち続け、多くの困難を乗り越えて希望を抱いていたために、かなり落ち込んでいた。これまでのところ、2人はたとえ落ち込んでも何とか立ち直っていた。ここであきらめることはできない。次にまた頑張ろうと2人は誓うのだった。

2人の人生を変える電話がかかってくる

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このとき、当然ながら2人はひどく落ち込み、弱気になっていた。しかし、子どもを養子に迎えるのだと決意していたため、良い知らせがくることを望むことしかできなかった。

結局のところ、彼らの祈りはこの後、叶えられることになる。良いニュースはもうそこまでやってきていたのだ。ここまで数年間、ありとあらゆる苦難を乗り越えてきた。そのときその場でもしも止めてしまっていたのならば、すべてが無駄になってしまっていただろう。しかし、2人目の女性が土壇場でキャンセルした後、2人に人生を変える電話がかかってくる

超音波検査で、大きな衝撃が走る

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GENT SHKULLAKU/AFP/Getty Images
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サラとアンディーは、3人目の女性に選ばれたという知らせを受けて、喜びに震えた。このニュースに興奮し、女性をあらゆる面でサポートした。この女性はサラとアンディーを超音波検査にも立ち会わせてくれた。

超音波検査で、サラとアンディーは初めて赤ちゃんを見ることができる。しかしながら、超音波検査のモニターには、何か奇妙なものが映っていた。女性自身の検査値はすべて正常であったが、なんと驚いたことに、彼女は1人ではなく、3人も子どもを宿していたのだ!

誰も3つ子だとは思わなかった

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サラとアンディーだけでなく、生みの母である女性も、超音波検査のモニターで3つの心臓が動いている様子を見て、大きな衝撃を受けていた。サラとアンディーはこれまで長い間、赤ちゃんを1人でも授かろうと一生懸命に頑張ってきたが、なんと、神様は3人も2人のもとに送ってくださるのだ。

このとき、ジャスティス家の2人は、最初からずっとこうなることが決まっていたのだと悟った。3人も子どもを養子にとろうとは夢にも思っていなかったが、この3つ子を見た瞬間、2人はこれが自分達に予定されていた運命だったことを知る。これから彼らに起こることにワクワクし、2人は養子縁組プロセスを早め、赤ちゃんを迎える準備を始めた。

赤ちゃんのための準備をすぐに開始

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Andy-Sarah Justice/Facebook
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この3つ子を迎え入れるため、2人はすぐに作業に取りかかった。家に赤ちゃん用の安全対策を施し、クリブやベビーカーなど、すべて3つ揃えた。3つ子に必要なものをすべて揃えることで費用はかさんだが、それでもIVFを受ける金額に比べると、安いものだった。

サラとアンディ-は3つ子を迎え入れる準備のためなら、何でも買い揃えるつもりだった。長いこと、子どもを待ち望んでいた夢がついに叶うのだ。これほどワクワクすることはなかった。。

3つ子は早生児だった

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2013年5月、妊娠女性は破水し、予定日よりも8週間早かったが、分娩室に入った。サラとアンディーも病院へ急ぎ、不安ながらも赤ちゃんに会えるその瞬間を待った。数時間にも及んだ大変な出産の後、3人の小さな赤ちゃんが誕生した。

どの子の体重も3パウンドにも満たない小さい赤ん坊達だった。それぞれハンナ、ジョエル、エリザベスと名付けられた。ジャスティス家の2人はこの3つ子に会えることを楽しみにしていたが、この子達を家に連れて帰る前に乗り越えなければならない障害がもう一つ残っていた。そしてそれは、生みの母による問題ではない。ハンナ、ジョエル、エリザベスの3人は予定日より8週間も早く生まれたため、低出生体重児だと診断された。これは初めて親になるサラとアンディーにとっては憂慮すべきことだが、前向きでいることに決めていた。何しろ、やっと、祈りが届いたのだから。

3つ子の退院を待つ間、サラに起こったことは

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Andy-Sarah Justice/Facebook
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3つ子の誕生からわずか1週間後、サラは体調を崩したようだった。長らくかかった養子縁組プロセスや3つ子の誕生で、ジャスティス家の2人は疲弊しきっていたから、そのためかもしれない。サラは病院に行こうと考えた。

3つ子を家に迎えるまでに健康でいなければ。赤ちゃんのお世話をしなければならないのだから。サラは病院に行き、検査を受けた。健康状態は問題ないようだったが、医者から聞かされた診断結果は、信じられないものだった。

3つ子を養子にとった直後、ついにサラが妊娠

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Andy-Sarah Justice
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医者はサラの具合が優れない理由を突き止めるべく、数々の検査を実施し、ついにその理由を突き止める。サラは病気ではなかった。サラの体調が優れないのは、妊娠していたことによるものだったのだ。そう、サラは妊娠していたのだ!

ジャスティス家の2人にとって、これは衝撃だった。なにしろ3つ子を養子として迎え入れたばかりだったのだから。もちろん、これは素晴らしいニュースだ。3つ子の新生児をお腹の大きな体で育てることは、すごく大変でストレスが大きいことになるだろうが、それでもサラはこの困難に立ち向かうことを決意する。この時点で、神様の祝福がここで終わらないことを誰も知る由もなかった。

新生児のお世話と妊娠を同時に体験

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サラとアンディーはこの事態にストレスをためるよりもむしろ、ユーモアを見いだし、柔軟に対応していこうと決めた。結局のところ、何年もずっと子どもを授かる努力を続けてきたのだ。これは素晴らしい神様からの祝福に違いない。

3つ子をやっと家に連れて帰ることができたとき、2人はできることだけをした。そして今後も前に進み続けることに決めた。サラとアンディーは初めての妊娠と同時に3人の赤ちゃんを育てるというなかなかない経験をするのだ。それはまるで、神様がジャスティス家の2人の夢をかなえることを隠しておいたことと引き換えに、一気に願いを叶えてくれたかのようだった。

ジャスティス家の2人は5人の赤ちゃんを育てることになる

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NinjaJournalist
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何年も何年も子どもを授かれないかと努力を続け、サラはついに自身が不妊ではないと分かった。サラとアンディーは養子縁組で子どもを引き取る選択肢をしたときから、自然と妊娠するために努力することを忘れていた。サラの妊娠は嬉しい驚きだったが、2人の物語はまだ終わりではなかった。

妊娠発覚から数ヶ月後、ジャスティス家の2人はお腹の中の赤ちゃんが双子であることを聞かされる。サラが双子を妊娠しているという知らせに2人は驚愕した。つまり、2人はこれから5人の赤ちゃんを育てることになるのだ。

1年も経たないうちに7人家族に

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3つ子が1歳になる数ヶ月前、サラは分娩室に入った。長時間の分娩を経て、待望の双子、アンドリューとアビゲールを迎えた。今や、ジャスティス家は5人の可愛い赤ちゃんのいる7人家族となった。

ジャスティス家にとって、やっと人生は好転し始めたようだ。家族が増え、これから何が起こるのか、2人はとても楽しみにしていた。すでに3人の新生児を数ヶ月間育ててきていたため、2人の新生児が新たに加わっても、物事はスムーズにいくだろう。もちろん、長い間大人2人で暮らしてきたサラとアンディーにとっては、大きくライフスタイルを変えることにはなるだろうが。

コミュニティからのサポート

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たった1人の新生児でも、親は寝不足になる。それが5人の赤ちゃんがいるのだから、ジャスティス家の2人の寝不足はどの程度のものか想像するに余りある。ありがたいことに、2人には支えてくれる家族や友人がいた。

コミュニティさえも、ジャスティス家が赤ちゃんを迎える親として生活に適応できるよう、カンパを出し合ってくれた。タルサにあるイーストランド・バプテスト教会はジャスティス家のために食事を作って、赤ちゃん用のミルクを提供してくれた。サラとアンディーはコミュニティから得られるサポートに感謝した。コミュニティのサポートは食べ物だけにとどまらなかった。